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[アドリブ診断表]
★昨日の[精神分析的レッスン]の続きです。
 使っているテキストについてご質問がありましたので公開することにしました。下記にあるように、ロングトーン・スケール・アルペジオの三種がどんな案配で混ざっているか・・・<血圧・心電図・X線の検査結果>みたいな表ですが。
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<メロディー(フレーズ)の要素>

●ロングトーン(持続音)
 イメージ:平坦な道を歩く、走る。空を水平飛行する。

 ☆コード進行に関わらず同じ音を伸ばす。または同じ音を使う(鍵盤けやギターなど)。「ペダルトーン」とも言う。


●スケール(音階)
 イメージ:勾配・坂(スロープ)を昇る、降りる。
 
 ☆ドレミフソラシド(長音階)を始め、クロマティック(半音階)、ホールトーン(全音階)、短音階、コンビネーションdim.・・・等。
基本的には半音か全音(=隣の音)で繋がれた滑らかな動き。


●アルペジオ(分散和音)
 イメージ:階段(ステップ)を昇る。降りる。

 ☆スケールとは違い、3度以上(音程)の跳躍・ジャンプ。いくつかの音をが跳躍することで和声感を出す。


●番外・ペンタトニック(5音階)
 半音がない/スケール=コード/コード進行に関係なく使える
 コードネームで書くとC6・9/Dm7・11/Am7・11/Dm7onG

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★クリニックでは、ギターとピアノ伴奏で、簡単な曲の8小節くらいの部分を2〜3度繰り返しアドリブし、上記3(4)項目の要素から直感的批評(診断)。足りないものがある時はそれを処方する(取り入れる)。それを何度か繰り返すことでメロディーに対するイメージを広げる。それまで持っていた発想から自由になれたどうかを指摘する。
 たったこれだけです。あっけない?音そのものより、何をしようとしているか、その心を分析するのね。そこが面白いですよ。


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[精神分析的レッスン]
★今年9年目の<もんなかもんじゃオーケストラ>に対して、今年3年目の<浅草うららオーケストラ>はどちらかというと、セッションなどに顔を出したりしているジャズ志向の若いメンバーが多い。同じオーケストラと言っても全体にバンドっぽい雰囲気です。最近ではレパートリーも異なってきてジャズやボサノバなどの選曲が多くなってきました。
 さて、今年11月に初めてのワンマンショー(ライブ)をやることになって張り切っているうららですが、メンバーからの希望もあり、昨日練習の前に90分ほど頂いて<うららアドリブ講座(クリニック)>を開催しました。講師はボク。初めてということもあって6名の受講者が集まりました。もちろん全員うらら団員です。
 A.Sax2名、Cla、Tp、Gt、Harmonicaという面々。
 
 普段アンサンブル練習のコーチはしているのですが、「アドリブを指導する」というのは初めてなのです。まあ、普通「アドリブと言えばジャズ・・・」と相場は決まっているのですが、かつてジャズにのめり込み、またジャズとは何かを思考し続けたボクにとって、現在ではむしろ20世紀の音楽ワールドという大きな枠の中で際立った魅力のある方法(即興演奏)を確立し、あらゆるジャンルに多大なる影響を与えた音楽、という分類になっています。
 確かに生き方そのものとまでジャズを位置づけ、崇拝していた頃から比べると大きな後退ですが、ジャズ自体が既に歴史的ファイルに収められる時代に入ってきたというのも実感なのです。
 まあ、そんなわけで、「アドリブ講座」とは言っても特にジャズとは言わないのです。「アドリブ」というものを「即興演奏による自由の獲得」と考えます。アマチュア演奏家にとって、好きな楽器を自由に吹きたい、弾きたい、叩きたい・・・という夢は誰しも持つものです。別にアドリブと限定しなくとも、たった1フレーズがスムースに出来ただけでも、自由の扉を開いたことに他ならないのです。そう思うと、アドリブもその1方法、しかも有力で楽しい方法だと捉えるのが相応しいのではないでしょうか。
 ですから、その知識やテクニックよりも、いま自由に羽ばたいているかどうか・・・が「良いアドリブ」の目安になります。確かに「自由とは不自由である」とも言われるくらい、判断は難しいものです。例えば格好いいことを完璧に出来た時よりも、むしろ何も考えず無垢な気持ちで演奏できた時に、それは誰にでも訪れるかもしれないのです。
 ここでは、ボクの立場はクリニカー(診断士)です。その仕事は、ひとりひとりが何をやろうとして何ができたか、またできなかったかを直感的に診断します。無意識にできたこと、迷っているうちに終わってしまったこと、どんなヒントが自己を解放してくれたか・・・彼等の演奏を聴いてそれらを的確に診断し、言葉や楽譜という処方箋を手渡すことです。それは、楽器のテクニックもさることながら、「楽器とどう対話するか」のカウンセリングでもあります。カルチャーの<作詞・作曲講座>でもそうですが、90分ほとんどしゃべり続けています。。何か精神科医のようですが、性に合っているんですね。
 
 今回作ったちょっとしたテキスト(A4一枚only)もあります。これは今度公開しますね。秘密にはしない主義なのでどんどん見せますよ。


- | 14:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - ログピに投稿する |
[オーケストラ!を観た]
★”涙が出るほどハッピーな映画”と言われる「オーケストラ!」を観てきました。ラスト12分に及ぶチャイコフスキー「バイオリン協奏曲」の演奏シーンは圧巻です。監督インタビューの記事引用でこの場は立ち去ることをお許し下さい。

★「人間の尊厳」主軸に 映画「オーケストラ!」 ラデュ・ミヘイレアニュ監督インタビュー

ロシアからあこがれのパリにきた寄せ集めのオーケストラが、奇跡を起こそうとするフランス映画「オーケストラ!」。ルーマニア出身のラデュ・ミヘイレアニュ監督(51)が、自身と同じユダヤ系に焦点を当てた。旧ソ連時代、有能な演奏家たちが排斥された出来事を背景にしており、「その事実がなければ、この映画は存在しません。人間の尊厳を取り戻したい人たちが、物語の主軸になっています」と力を込めた。

 主人公は、ロシア・ボリショイ交響楽団で劇場清掃員として働くアンドレイ(アレクセイ・グシュコブ)。見るからにさえない中年男性だが、かつてはこのオーケストラで主席を務めた天才指揮者だった。1980年、当時の政府によるユダヤ系演奏家全員の排斥を拒絶したため、絶頂期に解雇されたのだ。
 そんな彼が1枚のファクスをきっかけに、にせのオーケストラを結成し、芸術の都パリへと乗り込むが…。

■国と国、個人と団体

 ロシア人たちのドタバタぶりが際立つ。服装も古くさく、洋服のラインもごちゃごちゃ。一方のパリジャンは洗練され、ほとんどがストレートなラインを使っている。

 「フランス人は直線的な思考を持ち、ロシア人はもう少し混沌(こんとん)としている。その対比を表したかった。さらに、ソリストとオーケストラという個人と団体の対比も描こうと思いました」

 ■撮影許可がおりぬロシア

 対比は撮影場所でも生じた。これは計算外だったようで、ロシアでの場面は半年たっても撮影許可がおりず、撮れたのはモスクワの赤の広場のみ。大半がルーマニアでの撮影を余儀なくされた。「ロシアで撮影することは一筋縄でいきません。理解しがたいことが多かった」。許可しない理由すら伝えられないままだったという。

 一転してフランスでの撮影は順調で、パリ・シャトレ座が全面協力した。「支配人がシナリオに感激して、いい友情関係が築けた。劇場全体をどれだけ美しく撮れるかは挑戦でしたよ」

■観客を当事者にする演出

 その舞台で奏でられるチャイコフスキーのバイオリン協奏曲は圧巻だ。音楽に関するあらゆる映画、クラシックコンサートのDVD、テレビの音楽番組を見るうちに、「私が撮りたいのは美しいコンサートではなく、人間のつながりを描くことなんだ」と気づいた。

 オーケストラの真ん中に撮影カメラを置くことで、映画の観客が当事者になったかのような錯覚を味わえる。米映画「イングロリアス・バスターズ」のヒロイン役で脚光を浴びたメラニー・ロランが、美貌(びぼう)のバイオリニストに扮(ふん)し、その心地よい錯覚を支えている。

 東京のBunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座などで4月17日、大阪・梅田ガーデンシネマなどで5月1日公開。

■Radu Mihaileanu 1958年4月23日、ルーマニア・ブカレスト生まれ。チャウシェスク独裁政権下にあったルーマニアから80年に亡命。ユダヤ人ジャーナリストの息子としてイスラエルの保護下に。次にフランスへ移り、高等映画学院で映画を学ぶ。93年に「Betrayal」で長編映画を初監督。2005年の「約束の旅路」では仏セザール賞最優秀脚本賞を受賞。



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[春のうららの雅楽鑑賞]
★昨日午前中、初めて皇居に行った。
 とは言っても竹橋に近い東御所というエリアで、門のところで入園証は渡されるものの、スーッと入れるのだ。そんなカンタンに入れるとは知らなかった。そうと知ったら来年はお花見にも来よう。
 皇居すなわわち旧江戸城の敷地はもの凄く広く、このエリアはあの御方達が住んでいらっしゃる場所からは相当遠い。たぶん駅1個か2個分だ。だから何も緊張することもないのだ(マッタクダ)。ちょうど新宿御苑と日比谷公園を足したような雰囲気で植物も豊富、お茶畑まである。幕府がかつて権勢を極めた頃を偲ばせる石垣なども巨大だ。
 
それはともかく、知人から「宮内庁式部職楽部」による雅楽演奏会の招待状を頂いたのである。「服装は何でもオーケーだけど身分証明書の提示は求められる」とのことであったが、女房もグレーのスーツなど着ていくというので、久しぶりの「ビシッ!」という格好になった。
 
演奏する場所は専用のホール。ほぼ正方形の舞台と大きな左右の火焔太鼓。この儀礼的神秘さが、妙にエキゾチックだ。
 演奏者は、あのソロ活動で有名な東儀家のお坊ちゃま(東儀秀樹さん)でお馴染みのように、ほとんどが歌舞伎役者のように代々継がれているそうだ。さまざまな世代の顔が見える。「楽師」と呼ばれる彼等の立場とは「無形文化財保持者」なのである。

 さて、古代アジア大陸から伝来し、平安時代中期(!0世紀)頃完成をみたと言われる管弦打楽器のアンサンブルによる雅楽。管は龍笛、高麗(こま)笛、神楽笛、それに篳篥(ひちりき・・・読めないし書けない)笙(しょう)。弦(絃)は箏と和琴(わこん)、それに琵琶。打楽器は鉦鼓、釣太鼓、鞨鼓(かっこ)、三ノ鼓、笏拍子である。また舞楽(舞い)が入るものもあり、その時は楽師は奥の位置で演奏する。
 その音楽構造は、なにしろ完成されたのが1000年も前であるから、洋楽や、邦楽でも江戸以降の三味線などに慣れた私たちにスッと馴染むようなものではない。また中国や朝鮮の影響も色濃いと言われる。全体に煌びやかな装束であり、礼節を重んじた華やかで高貴な表現に思う。こうした音楽は現在の基準で解釈しても仕方ない。ただそこで生まれる音に聞き耳を立てるのみだ。
 
 そんな中でも印象的だったのが、やはり生で聴く篳篥(ひちりき)の驚異的パワーだ。まるで心をざわつかせるような、艶めかしい、独特の抑揚を有した管楽器であること。オーボエと楽器構造は似ているが、音色はオーボエの哀愁とはかなり異なる。むしろ叫びのようだ。それでも共通しているのは牧歌的とも言える部分、田園風景に溶け込むような自然謳歌、そんなイメージも掻き立てる。
 その音色に笛群がしつこく絡む。パワーでかなわない?と見るや1オクターブ上で挑発する。それも互いに複数での”勝負”だ。そのパワーはむしろ野外に似合っている。このホールも椅子の下は玉砂利が轢いてある。天井からは外の灯りが漏れているように本来は野外を想定していたのかもしれない。
 その管楽器群に比べると、絃楽器群(箏と琵琶)は地味だ。和音ともリズムとも言えないシンプルなフレーズを時たま奏でるだけだ。しかしその合いの手程度の微かな役目こそが、打楽器とは異なる柔らかさを醸し出すことなのだろう。現代のギターやピアノ(ハープ)などの活躍振りからすれば確かに地味に映るのだがそれもまた納得である。また、和音はむしろ笙の役目なのだろう。もちろん和音と言っても西洋音楽とは異なる、重音(いくつかの音を同時に鳴らす)ともいえるものだが。
 後半、舞楽に移るとドーンという大太鼓の低い響きも加わり、舞い手の厳かな動きと重なって、まさに地が轟き、風が巻き起こるような儀式的世界へと変貌する。まさに神と一体化し、天地に呼応するかのような原始的で豊穣な響きをイメージさせる、この音楽の真骨頂(クライマックス)に突入するのである。

 いいものを聴かせていただきました。感謝。


- | 21:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - ログピに投稿する |
桜の歌1
☆今日からしばらくは「サクラ(さくら・SAKURA)」というタイトルがついた歌の特集です。
 ボクも2000年に丘野けいこさん作詞による『さくらほんのり』という曲を書きました。これは児童合唱のための組曲『新世紀・地球の情景』という全5曲の中の1曲で、その後、子供たちのみならず(江戸時代ソメイヨシノの発祥地と言われる巣鴨=旧染井の地にちなんで)巣鴨で活動するコーラスグループ=ポプラーズでもテーマソングとして歌われています。
 
 さて、それから10年が経ちましたが、森山直太郎さんの『さくら(独唱)』あたりからサクラをテーマ(タイトル)にした歌が増えたとは感じませんか?
 調べてみると、最近の主なものでも、
SAKURA(レミオロメン)
さくら(ケツメイシ)
さくら(高野健一)
さくら〜あなたに出会えてよかった〜 (RSP)
SAKURA-ハルヲウタワネバダム(矢島美容室)
サクラ - やなわらばー(りお)
さくら(いきものがかり)
さくらガール(NEWS)
さくら物語(遊助)

さらに、「桜坂」とかサクラの文字が入った曲はまだまだありますね。タイトルに入っていないものもあるでしょう。

ここまで我も我もとサクラをテーマにした歌が増えたのは何故でしょう?
みなさんの推理・ご意見を承ると同時に、ここにあげた歌詞を分析することで、少し探ってみようかと思います。ただし、それは(得意の?)添削とかではなく、あくまでクールな分析です。たぶん引用しただけで熱心なファンの方は飛んできますからね。怖いんですよ。

 他にもサクラの歌があったら教えて下さい。
 何回連載になるかわかりませんが・・・いいおもちゃ、ちゃう!題材を見つけました。ふふふ。今回はまずこの歌から。
*******************************************
さくら(森山直太郎)
作詞/森山直太朗・御徒町凧
作曲/森山直太朗

ぼくらはきっと待ってる
君とまた会える日々を
桜並木のみちの上で
手を振り叫ぶよ

どんなに苦しい時も
君は笑っているから
くじけそうになりかけても
頑張れる気がしたよ
かすみゆく景色の中に
あの日の歌が聞こえる

さくら さくら 今咲きほこる
刹那に散るゆくさだめと知って
さらば友よ 旅立ちのとき
変わらないその想いを 今

今なら言えるだろうか
偽りのない言葉
輝ける君の未来を
願うほんとの言葉
移りゆく街はまるで
僕らをせかすように

さくら さくら ただ舞い落ちる
いつか生まれ変わる時を信じ
泣くな友よ 惜別のとき
飾らないあの笑顔で さあ

さくら さくら いざ舞い上がれ
とわにさんざめく光を浴びて
さらば友よ またこの場所で会おう
さくら舞い散るみちの
さくら舞い散るみちの上で

●なお、森山さんの「さくら」について。
 この曲がある意味ブームの火付け役だったようにも思えます。また、5年前の「ステージ101復活コンサート」でも若い人達の為に編曲させていただいたりして、馴染みがあります。
 一言で言うと、真っ白なワイシャツを来て背筋を伸ばして歌うのが似合うような純粋な雰囲気を強く持った歌だと思います。それは、例えば「さらば友よ 旅立ちのとき」のようなちょっと古い感じの言葉なども上手く使って、強い意志を表しているからだと思います。媚びたようなところがないのね。さすがシンガー&ソングライターの血を引く森山さん。自らの旅立ちへの決意とダブらせているのでしょうね。



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